宇宙よりも遠い場所(よりもい) "またね"と映像の奥深い関係 (5話、10話、12話)(ネタバレあり)
前回の記事を書いてから、いろんな感想を巡って、また過去の話を見返して気づいた事などを書いていく。
前回の記事に追記することも考えたが、ただでさえ書いている途中で気持ちが変わるのに、3日以上も離れた記事に加筆すると全体を見た時違和感があり、過去の記事を見ると手を加えたくなってしまうので、やめた。
解釈をまとめて表にすると以下の通り。
モノローグ | 淀んだ水が溜まっている | それが一気に流れていく |
5話 | めぐっちゃんの関係 | 絶交・しばらくの別れ |
10話 | 友達ができない | 友達・誕生日ケーキ |
12話 | 母親の帰りを待つ・メール | 死別・メールの受信 |
"またね" | 果てないと思っていた時 | 終わりを告げる |
メール受信のシーンに込められたテーマと"またね"
感想を見る中で一番膝を打ったのは、第1話冒頭や第5話ラストシーンにあるキマリのモノローグに絡めた表現だ。
淀んだ水が溜まっている。それが一気に流れていくのが好きだった。
決壊し、解放され、走り出す。
淀みの中で蓄えた力が爆発して、全てが動き出す。
報瀬のメールが一気に受信される様子と、感情が一気に動き出す様子。それがこのモノローグと合わさっているのである。*1
モノローグは、作品紹介のPVにも使われている。つまりこのモノローグが本作品の1つのテーマである。この観点で12話のメールのシーンを再度見た結果、一緒に流れる挿入歌"またね"に深く感動したため、今回記事を書いている。この"またね"は12話はもちろん、5話、10話にも当てはまり、挿入歌と映像の相乗効果で感動が何倍にも膨れ上がった。
5話,10話の"またね"
"またね"は、表題の通り5話、10話にも流れる。
5話:めぐっちゃんからの絶交
第5話で"またね"が流れるのは、出発するキマリに、めぐっちゃんが絶交を伝えにくるシーンである。このシーンは非常に綺麗で、朝日の指す、未来を示唆するような明るい背景やキマリの表情が一通り映った直後に、朝日を背にめぐっちゃんが立っていて、暗く見える。光と影の対比になっている。
しばらくめぐっちゃんがキマリに「新宿へ行ったこと」「100万円を拾ったこと」「南極に行くこと」が何故バレていたか問い、それに対してキマリは"さっぱり"という表情をする。その直後に
めぐっちゃん「私以外にないだろ!!」
と叫んだ瞬間、"またね"が流れる。*2
めぐっちゃんの懺悔にも似た自白と共に、歌詞の
〽そっとはいた息が 空にとけて消えた
と、キマリの息がピッタリ合う。このシンクロが強く印象に残る。
めぐっちゃん「くっついて歩いているのはキマリじゃなくて、私なんだって」「ここじゃない所に向かわなきゃいけないのは、私なんだよ」
続いて
〽果てないと思っていた時が 終わりを告げる
ときて、水路が映る。水が流れるのが見える。幼稚園から高校まで続いていた果ないと思うほどの関係が、このシーンで終わる。今まで知らない間に淀んでいた関係が、解放される瞬間である。それを象徴するように、水が流れるシーンが映る。
互いを必要としながら、けれどもその状態から変わろうと不安定な形に解放されたキマリとめぐっちゃんの関係は、
キマリ「絶交、無効」
と繋ぎ止められ、その時に
〽一緒にいたかけがえの無い時が きっとつないでくれる
〽いつまでも いつまでも またね
と流れる。
そして、この一連のシーンが、モノローグと共に締めくくられ、これによって"またね"とモノローグが枕詞のように紐づけされる。
10話:結月の誕生日ケーキと"our friend"
この5話からしばらく経って、10話に久しぶりにめぐっちゃんの名前が出てくる。5話で絶交を突きつけられた後も、キマリはめぐっちゃんにラインを送っていたのである。*3
めぐっちゃんは姿は見えても、本に隠れたり遠影だったりで顔は少ししか映らない。もちろん、ライン越しだからキマリ本人にも顔は見えない。それに合わせて、
キマリ「わかるんだよ、どんな顔してるか。変だよね。」「私にとって友達って、多分そんな感じ。」
するとサプライズの誕生日ケーキを報瀬と日向が持ってくる。歌が
〽果てないと思っていた時が 終わりを告げる
と流れる中、誕生日ケーキへのアップが印象的である。ケーキには"Happy Birthday our friend Yuzu"と書かれている。
幼稚園のときから子役で忙しく、高校までも友達ができなかった。そのせいで、友達がどんなものかわからない。そんな淀みが、キマリ達によって開放される。
また、離れたら友達でなくなってしまうと心配して、ドラマの出演を迷い、宣誓書まで作った結月の泣き顔のアップに
〽いつの日かまた旅に出よう
と歌が重なる。基地での思い出が映し出されながら、離れても友達だと語りかけるように
〽一緒にいたかけがえの無い時が きっとつないでくれる
〽いつまでも いつまでも またね"
と流れる。
12話:一気に流れ込むメール
本題である12話のシーン。前回の記事に書いた通り、12話のラストシーンは隊長の涙から始まる一連の流れで感動する。そこに更に"またね"がリンクする。
ここではノートパソコンが見つかり、報瀬と母親の写真が映る時に曲が始まる。
〽そっとはいた息が 空にとけて消えた
今度は報瀬の息がピッタリ合い、地平線の先に空を含んだ南極の景色が映る。
報瀬がパスワードを打ち込み、メールを受信しようとした時、
〽果てないと思っていた時が 終わりを告げる
と歌が続く。報瀬は母親の帰りを、亡くなる前と同じように、ずっと待ち続けている。それは南極に行かなければ変わらないと思っていた。けれど南極に来ても、そこで母親の話を聞いても、母親と同じ景色を見ても変わらない。それほどに果てない時であった。
その象徴が、これまでに送り続けたメールである。そして、まさに終わりを告げるように、そのメールが受信される。
どんどんメールが積み上がる間に
〽ずっと忘れない
〽言葉より大切な 思いが きっと繋いでくれる
〽いつの日か また旅に出よう
と流れ、部屋の前で泣くキマリ達が映る。口下手な報瀬が持っていた、母親の待つ南極への思いが、キマリ達を繋げてくれたのだと伝わってきた。
作品のテーマが詰まった"またね"
こうしてみると、"またね"に込められた気持ちがどこまでも深いように思えて、いろいろと考察してしまった。最初12話で聞いた際には、母親との別れのシーンでありながら、"またね"と再開の言葉が書かれて、「なんて悲しい曲なんだ」 と思っていたが、実際にはこの作品のテーマと考えられる「淀みの解放(変化)」と「友情」が含まれているのだと思う。